専門コラム 第130話 営業とは人間の心の所業
年頭からセールスレターについてスタートしたこともあり、幾分テクニックを重視するようなコラムが目立ちました。
しかしセールスはどこまで行っても人間の心の所業です。
このことを無視すれば、いずれセールスという仕事は、AI に奪われることになるでしょう。
まあ、そこまで先読みしなくても、少なくとも当分の間、セールスは、何はともあれ人間の心を動かさなくてはいけません。
専門知識やセールスに関する技術的な視点を広げることは、こうしたコラムを担当している以上、確かに重要なことです。
ただ一人の営業マンがどういう心の状態で営業現場に立つかを考えたとき、知識や技術的ことはとても小さなものに思えるのです。
おそらく一度のコラムでまとまらないと思いますが、ここ 1、2 回に分けてでも、営業の本質的な使命や役割について考えてみましょう。
営業とは人間の心の所業
机上で学んだテクニックや知識は一旦きれいさっぱり忘れましょう
単刀直入に言うと、あなたがセールスの現場に飛び出したら、机上で学んだテクニックや知識は一旦きれいさっぱり忘れてください。
まあ、この言い方は幾分大袈裟に聞こえるかもしれません。
ただ、特に新人の方が飛び込み営業に出発するときの心の状態は、上記のようで構わないと思います。
たとえば飛び込み営業をするとしたら、数多くのお客様の玄関先で、いかように断られるか、ただそれだけに集中することです。
玄関先で断られるならまだ良い方です。
働き盛りの年代の家は、日中ほとんどが不在宅でしょうから、エリアによっては、ターゲットに全く行き会えないことも続きます。
またアポイントが取れた面談に伺うときも、先輩から教わった営業テクニックや知識、あるいはちょっとした小ネタのこともきれいに忘れてください。
そしてどんな新人でも質問ぐらいはできるでしょうから、お客様の迷惑にならないことを聞き出しましょう。
もちろん住宅営業マンには、初回面談で顧客から聞き出すポイントと言うのもあります。
しかし、それも一旦無視して結構です。
そしてお客様から「今日見えた彼は新人さんのようだけれど、とにかく一生懸命話を聞いてくれて楽しい時間だった」と思ってもらえること、つまり「好感を持っていただく」ことだけに集中します。
その結果、他社で決めることになったとしても、何かの出先で偶然会ったとき、「実は家はよそで決めたけれど、あなたのことはとても印象に残っているよ。ありがとう」と言ってもらえるようにします。
そうすれば数年後には、何とかまともな営業としてやって行けるでしょう。
血肉にも育っていない知識・技術を営業現場で使うことの危うさ
実は先のエピソードめいた話は、筆者が実際に経験した逸話です。
同じようなことを他のお客さんにも言われました。
出先というのは本屋の駐車場など、色々です。
筆者は、セールスのテクニックについてはそうでもありませんが、知識の重要性について常々「重要と」このコラムで豪語しています。
ただ矛盾しているようですが、実際に営業に出たら、そんなことはどうでも良くなります。
第一に、実際の営業の場面は様々で、実際に役立つ知識の数は知れています。
そのため知識を 100 インプットしても、実際に使えるのは 2 ぐらいと心得ておいた方が良いでしょう。
それでも 100 知っているのと、2 しか知らないのでは、知識の深み、また本質的な理解度は当然違います。
またその違いが契約の明暗を分けることも、筆者は十分知っています。
そのため現役を離れたいまも、飽きずに新たな知識を密かに仕入れています。
しかし新人は違います。さすがに彼らも覚えた知識が血肉には育っていません。
きついようですが、血肉にもなっていない知識を客前で披露したところで、冷や汗をかくのが関の山です。
たとえば建築の世界に入ったばかりの新人に「壁体内結露の原因や透湿抵抗について詳しく説明せよ」としたところで、解説できる人数は僅かでしょう。
それでも営業の現場は待ってはくれません。
また血肉に育っていない知識や技術は、とりあえず脇に置いておきましょう。
そして営業の現場では知識や技術のことは一旦忘れ、ひたすらお客様に謙虚な姿勢を貫きます。
新人のスタートダッシュは、これを何度も繰り返すしかありません。
営業とジャズの関連性
営業は人間の心の所業と言いましたが、人の感動を扱うという意味で営業は音楽とも似ているところがあります。
それも、ジャズという即興演奏で構築された芸の世界と、営業は似ています。
ご存知の方もいるしょうが、ジャズは原則として、イントロや楽曲(バース)、それにエンディングもすべて演奏者の即興で成り立っています。
ビッグバンドは別ですが、コンボによる演奏は一部を除いてすべてが即興です。
ただその即興演奏を可能にするのが、楽典や音楽理論です──もちろん、それだけではありませんが──。
ジャズ奏者は多かれ少なかれ、この楽典や音楽理論体系をマスターし、プレイヤーは演奏現場に立っています。
しかし聴衆を前にステージに立つと、楽典や音楽理論、はてまたスケール(音階)はハーモニーに(和声)ついての理解などは、一旦きれいさっぱり忘れます。
そして目の前の楽曲にだけ集中します。
プロの演奏家が楽典や音楽理論体系に縛られていたら、それはあまりに幼く恥ずかしいことだからです。
営業も同じです。
自身の修養として知識の仕入れや営業技術の研鑽に励みますが、一旦お客様の前に立つとその場に応じた営業を展開します。
もちろん自分の血肉になった知識や技術は自ずと滲み出ます。
しかし、まだそこまで育っていない知識や技術のことはきれいさっぱり忘れます。
音楽も営業も、血肉になったイディオム(ジャズ特有のフレージング)、また知識・技術は使います。
ただそれ以外のことはきれいさっぱり忘れ、目の前の楽曲や案件に集中するのが本当のプロです。
またその姿に感動するから、お客様に選んでもらえるのでしょう。
これはジャズに限らず、あなたのより身近な事象(もちろんスポーツのようなもの)にも、似ていることがあるはずです。
皆さまの健闘を心より祈っております。