専門コラム 第45話 自分の売り方や信条に合ったお客様を自然に導き寄せる。
「獺祭」酒蔵会長の挑戦
酒好きの人の間では、「獺祭」という日本酒は今や、他とは一線を画したうまい酒として、かなりポピュラーなものになりました。
といっても、けっこう値が張りますし、置いているお店も限られていますから、そうそう気軽に飲めるお酒ではありません。
その「獺祭」を造っている山口県岩国市の旭酒造の会長が講演したというニュースが地方紙に載っていました。
旭酒造は創業250年の老舗ですが、会長が1984年に34歳で家業を継いだ時は年商わずか2億円。
それを20年間で130億円超にまで成長させたのです。
しかし、その過程はいばらの道でした。
1999年にレストラン経営に失敗して経営危機に陥り、酒造りに欠かせない杜氏が他の酒蔵に移るという事態に見舞われます。
この絶体絶命の危機に際して、同社は思いもよらない選択をします。
普通酒の製造をやめて純米大吟醸1本に絞ったのが一つ。
そして、杜氏無しの酒造りに挑んだのです。
杜氏がいなくて、どのようにして酒造りをするのか。
とても非常識なチャレンジです。
しかし、会長はこう考えました。
杜氏の経験と勘を徹底的に数値化、データ化すれば、杜氏が造るのと変わらないお酒が、いつも同じ品質でできるはず――。
当然のことながら、ここにも失敗は数々ありましたが、それを乗り越えて、「酔うため、売るためでなく、味わうための酒」造りに成功し、今の高い評価を得ることになったのです。
ほかにも、日本最高水準の精米歩合23%の純米大吟醸をつくったり、圧搾を行わず遠心分離機を使ったりとさまざまな新工夫を重ねています。
そんな大改革を引っ張った会長が語った中で印象に残ったのが次の言葉です。
全国の酒蔵で1位なのは、失敗の数。
まさに「トライ&エラー」の連続だったのでしょう。
ただ、その言葉の裏には、失敗があったからこそ今の成功があるという思いが隠されていると感じました。
ユニクロ・柳井さんの「一勝九敗」論
ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長といえば、衣料品分野に革命を起こし、一代でユニクロを世界展開させた名経営者で、知らない人はいないでしょう。
柳井さんには「一勝九敗」という著書があり、その中で「十回新しいことを始めれば九回は失敗する」と言っています。
さらに、こんな言葉もあります。
失敗を恐れてはいけない。失敗にこそ成功の芽は潜んでいる。
「商売の基本はスピードと実行」がモットーの柳井さんは、とにかく思ったことは実行しろと説きます。
そして、こうも言っています。
行動する前に考えても無駄です。
行動して修正すればいい。
致命的にならない限り失敗してもいい。
やってみないと分からない。
2人の言葉を紹介したのは、成功しか見ていないあなたを皮肉ったり揶揄したりするためではありません。
おそらくあなたは自分に自信があるのでしょう。
自信こそ物事をうまく転がす原動力になります。
同じチャレンジするにしても、成功をイメージする方が、失敗を思い浮かべて着手するより、よほど成功の確率は高くなるはずです。
それでも、100のチャレンジが100成功するはずはありません。
そのときにどう受け止めるかで、チャレンジャーの価値は問われます。
発明王・エジソンに有名な言葉があります。
私は失敗したことがない。ただ1万通りのうまくいかない方法を見つけただけだ。
決して開き直りや負け惜しみではないふてぶてしさ、底抜けの楽観主義、あふれるバイタリティを感じさせます。
人間の叡智では御しきれないと分かっている科学や技術に真摯に向き合っていたからこそ、こんな言葉が当たり前のように出てきたのではないでしょうか。
「共感」が人の行動やし好を左右する
とはいえ、どんなチャレンジをするにしても、資金や人間のやる気、周囲の協力といったものには限界がありますから、できるだけ失敗は減らしたいものです。
失敗するパターンは、次の7つに分類できるといわれます。
- 未知
- 無知
- 不注意
- 誤った判断
- 調査や準備の不足
- 外部環境の変化
- 誤った目標設定
いずれもなるほどと思いますが、それ以上に興味深い話がテレビで放送されていて、目が離せませんでした。
この日曜日の夜、NHKで放送していた「食の起源」という番組ですので、ご覧になった方もいると思います。
サブタイトルが「果てなき美味への欲求 実は脳の記憶が支配!?」となっていました。
以下に概略を説明しますが、これは失敗論ではありません。
逆に、成功に近づくためのヒントではないかと思ったのです。
人間がおいしいと感じるのは味覚とともに嗅覚も大きな働きをするということは知られていましたが、最近の研究でもう一つの要因があることが分かってきたといいます。
アフリカに誕生した現代人の祖先は、中東からインド、東南アジアへと移動していきます。
その過程で、それまで見たこともなかった食べ物と遭遇します。
果敢にチャレンジして、時には中毒死することもあったでしょうが、次第に食べられるもの、おいしいものを見極めていくようになります。
最初は一人が食べ、大丈夫ということが分かって、群れの中に広まっていったのでしょう。
周りの人がおいしそうに食べているのを見て、ほかの人が食べ始めるということを繰り返していくうちに、この食べ物はおいしいものだという共通の認識が広がっていったのです。
その結果、アフリカにいたときより、東南アジアに移動した人類の方が、前頭葉が発達し、そこに共感中枢が生まれたのだというのです。
番組では、チンパンジーの実験も紹介されていました。
苦いリンゴを食べられなかったチンパンジーが、隣のチンパンジーがおいしそうにそれを食べるのを見ているうちに、苦いリンゴを食べられるようになったのです。
そこに共感中枢が働いているというのです。
つまり、誰と何を食べてどう感じたかという記憶、共感がおいしさを生み出す。
言い換えれば、仲間と分かち合うことで食が広がっていき、共感が人を幸せにし、人と人を結ぶ絆になっているということです。
これを仕事に当てはめて考えればどうなるでしょうか。
共感することによって人の絆が生まれるというのなら、自分の生き方や考え方に共感してもらえるアプローチをすれば、無理なく自分への賛同者が広がり、商売もうまくいくということではないでしょうか。
キーワードは共感です。
あなたは、お客様の共感中枢を刺激して、自分の売り方や信条に合ったお客様を自然に導き寄せたくありませんか。