専門コラム 第65話 義理人情に厚いあなたへ
義理人情に生きた吉良の仁吉
義理がすたればこの世は闇よ――ご存じ、村田英雄の「人生劇場」1番の歌詞の一節です。そして3番ではこう歌っています。
時世時節(ときよじせつ)は 変わろとままよ
吉良の仁吉は 男じゃないか
おれも生きたや 仁吉のように
義理と人情の この世界
中高年の人なら、「義理と人情」と聞いてこの仁吉の名前が思い浮かぶ人も多いのではないでしょうか。
吉良の仁吉は幕末、現在の愛知県に実在した博徒です。
縄張り争いで博徒同士の出入りとなった三重県の「荒神山の喧嘩」で、義理のある親分に代わって、縄張りを奪われた側の助っ人として参加し、銃で撃たれて27歳の若さで亡くなりました。
ここで言う義理とは、「一宿一飯の恩義」といった意味合いが強いようですが、義理には本来、人がとるべき正しい道筋という意味があります。
これに対して人情は、人が生来持つ他人への情けや思いやりを言います。
社会の掟や建前が義理で、人間としての欲望や本音が人情であると言い換えれば、「義理と人情の板挟み」という言葉があるのも分かります。
ただ、「義理人情に厚い」などと四文字熟語として使う場合は、自分を犠牲にしてでも他人のために動くことをいとわないことと理解していいでしょう。
余談になりますが、なぜ「人生劇場」の歌詞に仁吉が出てくるのか調べてみると、面白い関係が分かりました。
そもそも「人生劇場」とは、愛知県吉良町(現西尾市)出身の小説家、尾崎士郎の自伝的大作です。
尾崎は当然、故郷の有名人であった仁吉のことを知っており、小説の中にも仁吉ゆかりの人物をモデルにした「吉良常」という博徒が登場します。
それらを踏まえて、1938年に詩人の佐藤惣之助が作詞したのが、後に村田英雄が歌って大ヒットした「人生劇場」だったのです。
ちなみに、吉良地区には「仁吉まつり」というのが今もありますし、「吉良三人衆」に数えられるのが、吉良の仁吉と尾崎士郎。
もう一人が、忠臣蔵ですっかり悪役になってしまった吉良上野介義央です。
「草枕」で漱石が言いたかったこと
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。
こちらは夏目漱石の代表作の一つ「草枕」の冒頭部分です。
聞いたことがあるという人は多いでしょう。
「山路を登りながらこう考えた」で始まる主人公の洋画家の独白です。
大まかな意味は、頭のいいところが見えすぎると嫌われる、情が深いとそれに流されてしまう、自分の意見を強く押し出すと衝突することも多く世間を狭くする、といったところでしょう。
主人公はそんな風に、人の世を生きにくいと感じています。
そして、主人公の独白はこう続いていきます。
人の世を作ったのは神でもなければ鬼でもない。
やはり向う三件両隣にちらちらするただの人である。
ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。
あれば人でなしの国に行くばかりだ。
人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。
だから、そんな世を少しでも住みやすくするのが詩や絵画であり、「芸術の士は人の心を豊かにするが故に尊い」と続きます。
漱石の芸術論とも言えるのですが、それはさておき、「人でなし」の国より人の世のほうがまだ住みやすいと言っている点が注目されます。
人でなしとは、恩義をわきまえず人情も欠落した冷酷漢のことですから、まさに義理人情に厚い人とは対局的な存在です。
となると、生きづらい世の中を少しでも生きやすくしてくれるのが義理人情であるという風に読めないでしょうか。
「金は三欠くに溜まる」ということわざがあります。
3つを欠くとお金は溜まるというのですが、その3つというのが「義理」「人情」「人付き合い」です。
確かに、人でなしのように人への思いやりが皆無で、自分勝手なルールを作って身勝手な振る舞いをするような人間ほど、もしかしたらお金を集めるのはうまいかもしれません。
しかし、そんな究極の自己中心的な人間と付き合いたいと思う人はいないでしょう。
どこかに義理人情が生きていてこそ、人生にも世の中にも潤いが生まれるのではないでしょうか。
ビジネスでも大きな力を発揮する義理人情
義理人情という言葉に、やくざの世界の話、古臭くて現代の、特にビジネスシーンには通用しない、必要でないと感じる人もいるかもしれませんが、決してそんなことはありません。
今日でも多くの人に支持されるベストセラー「人を動かす」の著者で、自己啓発やセールスに関するスキルアップのコースを開発したデール・カーネギーは次のように言っています。
ちょっとした心掛け一つで、この世全体が少しでも幸福になる。
一人ぼっちの人や意気消沈している人を見かけたら、その場で二言三言やさしい言葉をかけてあげよう。
たぶん明日になれば、そんな親切をしたことは忘れてしまうだろう。
だが親切にされた者は、あなたの言葉を一生胸に抱き続けるだろう。
ビジネスを通じて心の機微や人の世の道理などを見極めようとした松下幸之助にはこんな言葉があります。
十のサービスを受けたら十一を返す。その余分の一のプラスがなければ、世の中は繁栄していかない。
幸之助は、世の中が繁栄してこそ、すべての事業は成功し、拡大していくと考えていたのでしょう。
義理人情の根底には、相手と良好な関係を長く続けたいという気持ちがあります。
併せて、義理人情に厚い人は、人に迷惑をかけたくない、人の役に立ちたいという思いも抱いているものです。
そんな思いが仕事に生きないはずはありません。
義理人情が人柄ににじみ出てくる人は、相手の立場になって考えられ、そのために信頼できる友人に恵まれ、助け合える仲間が多くなるのですから。
営業マンの成功パターンの一つに、お客様がお客様を紹介してくれる連鎖を生み出すことがあります。
約束を守る、口が堅い、親身になってお客様のことを考えるといった義理堅さや人情の深みがあればこそ、より容易にこの成功パターンを勝ち取ることができるはずです。
自分を犠牲にしすぎて自分の時間が持てない、あるいは義理人情にしばられるのは負担でそんな生き方などしたくないと思っていない限り、義理人情は仕事をはじめあなたのすべての生活面でプラスに働くでしょう。
お客様から「あなたに任せると安心できるよ」と言われながら評価のアップにつなげたくありませんか。