専門コラム 第69話 気持ちのつながりを大切にするあなたへ
「のんびり屋さん」のセミの一生
前回に続いて、セミの話から始めましょう。
子どものころ、夏休みの朝にラジオ体操に出かけるとき、庭の木にセミの幼虫がはい上っている姿をよく見かけました。
ラジオ体操が終わって帰ってくると、ちょうど羽化の真っ最中。幼虫の背中が割れ、必死で殻から体を出そうとしています。
朝食が終わってもう一度見に行くと、縮かんで透き通っていた羽はピンと伸び、見る見るうちに色が濃くなっていくのです。
それからほどなく、どこかへ飛んで行ってしまいました。
セミは7年間も地中で暮らし、地上に出たら1週間しか生きられないと言われていました。
しかし、最近の研究で、セミの種類によって違いはありますが、地中にいる幼虫期間は1~5年、成虫になってうるさく鳴き続ける期間は、長いもので3週間から1カ月もあることがわかりました。
それにしても、生物としての圧倒的に長い時間を、ただ土の中で木の根から栄養を取って生きていること。
ましてや、やっと出てきた地上でアリに群がられている姿を見ると、多くの人ははかなさや哀れさを覚えてしまうでしょう。
しかし、そんなことはあくまで人間が人間の物差しだけで考えていること。
セミの気持ちなど(気持ちがあればですが)、人間に分かろうはずがありません。
ちなみに、セミの幼虫期間が長いのは、セミの成長期が年に2回、それぞれ1カ月程度しかないためだと言われます。
せっせと樹液を吸えば、早く大きくなって地上に出られるのに、と考えてしまいますが、気温や栄養の関係でさらに成長が遅れれば、「もう来年でいいや」と思ってしまう、「のんびり屋さん」の性質を持っているからとも。
セミにとっては、それもセミの当たり前の一生なのですから、人間はただそんなものとして受け止めるしかないのでしょうね。
人間は「魚の楽しみ」を知ることができるか
生物の気持ちと言えば、中国の思想家、荘子の著書とされる「荘子・秋水篇」に、次のような一節があります。
荘子が議論好きの恵子と川のほとりを散歩していたときの会話です。
荘子:「魚が水面に出てゆうゆうと泳いでいる。あれが魚の楽しみだ」
恵子:「君は魚じゃない。魚の楽しみがどうして分かるのか」
荘子:「君は僕じゃない。僕に魚の楽しみが分からないということがどうして分かるのか」
恵子:「僕は君ではない。だからもちろん、君のことは分からない。君は魚ではない。だから、君には魚の楽しみが分からない。どうだ、僕の論法は完全無欠だろう」
この後に、荘子の再反論があるのですが、この話をもとにして、日本人初のノーベル賞受賞者、湯川秀樹が「知魚楽」というタイトルで随筆を書いています。
湯川は、恵子の論法の方が理路整然としていると認めています。
そして、魚の楽しみというような、定義ができず実証も不可能なものを認めないという方が科学の伝統的な立場に近いとしながら、荘子の方に同感したいと言っています。
湯川は、「実証されていない物事は一切信じない」という考えが窮屈過ぎることは、科学の歴史に照らせば明々白々だと言うのです。
ある音楽関係者は、荘子と恵子のやりとりの「魚の楽しみ」を「音楽の素晴らしさ」に置き換えて考えれば、すぐに理解できると言います。
つまり、世の中の出来事は理屈だけでは説明できず、理屈でなくても美しいものを感知することはできると断言するのです。
セミの一生についてもそうですが、結局はあるがまま、感じたままを受け入れるのが、人間ができる他者への理解につながるのではないかと思います。
共感力が気持ちをつなげる
あるがままに受け入れるということは、人間が他人と気持ちを通じ合わせるうえでも大切なことではないかと感じます。
心理学に「共感的理解」という言葉があります。
相手を評価するのではなく、傾聴などを通して相手とその世界を理解し、「相手とともにいる」状態を築くことと説明されます。
カウンセリングには欠かせないもので、自分が寄り添っていることを示すことで、相手に安心感を与えるのです。
ここで言う「共感」こそが、相手の気持ちが分かる第一歩なのではないでしょうか。
大切なのは「共感」することだ。
「共感」とは、相手の目で見、相手の耳で聞き、相手の心で感じることである。
フロイト、ユングと並ぶ心理学者とされるアルフレッド・アドラーの言葉です。
自分の考えに凝り固まっていると、相手との違いばかりが目につき、無意識に反発して、とても共感につながりません。
当然、相手の気持ちを理解するなどとは程遠いことになります。
共感力を持つ、あるいは強化するには、まず自分の考えや視野を広げることだといわれます。
新聞記者の知人が「記者に必要な要素の一つが想像力」と言っていたのと通じるところがあるようです。
1つの出来事が起きたときに、同じような目に遭っている人が世界中にたくさんいるのではないかと考えること。
そこから、記者として進むべき道、書くべきテーマが見えてくるというのです。
視野を広げたり想像力を養ったりするのには、他者に対する好奇心が欠かせません。
ビジネスの世界なら、お客様が何を求めて、何を期待しているのかに思いを馳せることです。
マクドナルドをフランチャイズ化して世界最大のファーストフードチェーンに育て上げたアメリカの実業家、レイ・クロックはこう言っています。
自分の視線だけで世の中を眺めるのでなく、上の人の目線になって創造する場面もあれば、下の人の目線で考える場合もある。
寛容性や他人への共感がないと、ビジネスの現場は回っていかない。
お客様との気持ちのつながりを大切にするあなたは、もしかしたら目先の利益を出すことから一歩離れているため、上司から疎んじられているかもしれません。
しかし、他者への共感を大切にし続けるなら、確実に、そして大きな成功の花を咲かせるでしょう。
6歳でアメリカに留学し、日本の女子教育の先駆者となった津田梅子はこんな言葉を残しています。
高い志と熱意を持ち、少数だけでなく、より多くの人々と共感を持てれば、どんなに弱い者でも事を成し遂げることができるでしょう。
あなたもたくさんのお客様とフレンドリーな関係を築き、お客様の願いをかなえ、成功に導いて、達成感を味わいたくありませんか。