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専門コラム 第70話 自分自身に誇りを持ちながら仕事をする

  

国家資格「接客販売技能士」が求めるもの

ファミリーレストランやファーストフード店で、決まりきったマニュアル通りの対応に、不愉快にさせられたりイライラさせられたりしたという経験をお持ちの方は多いのではないでしょうか。

時には、その言葉遣い間違っているよ、と思うこともあります。

 

アルバイト店員が次々に入ってくるような業種ですので、接客ルールをマニュアル化した方が、最低限ではあっても、だれでもすぐに対応できていいという考えは分かります。

客の方にも、言葉遣いも含めて人によって異なる接客をするのは不公平だと感じる〝杓子定規心理〟があるのかもしれません。

 

しかし、マニュアルだけでは薄っぺらく、肝心なところが欠けていると思わざるを得ません。

 

より求められるのは、まず笑顔。

そして、その場その場で最適な言葉です。

笑顔は相手に親近感を与えますし、臨機応変なやり取りは、自分の言うことにしっかり耳を傾けてもらっているというお客様の安心感や信頼感につながります。

もっとも、これを実践するには経験が求められるのは否定できません。

 

5000円札の肖像に使われた教育者であり思想家の新渡戸稲造は、次の言葉を残しています。

 

信実と誠実となくしては、礼儀は茶番であり芝居である。

  

信実も誠実も、真面目でうそ偽りのないことで、真心をもって相手のことを考える姿勢を言います。

こうした気持ちのこもらない接客を茶番であり芝居であるとは、まさに言いえて妙という気がします。

 

小売業も接客なしにはやっていけません。

その小売業に2017年、初めての国家資格が誕生しました。

「接客販売技能士」です。百貨店などで必要とされる接客についての知識やスキルを有していることを証明するもので、検定試験に合格する必要があります。

 

この資格取得に向いているとされるのが、次のような人です。

 

  • 接客基本マナーに加え、より高度な知識・技術を取得したい
  • お客さまの多様なニーズに対応し、期待以上の提案ができるスタッフを育成したい
  • お客さまのニーズを踏まえたコンサルティングセールスを実現することでご満足いただき、再来店につなげたい
  • お客さまに感動を与え、お客さまから指名してもらえるスタッフを育てたい

 

これを見ると、接客販売技能士資格が求めるスキルは小売業に限らないように思えます。

お客様に満足してもらい、最終的には感動を与えることを目指すというなら、すべての営業マンにも通じることではないでしょうか。

 

よりよい人間関係を築くのが「誠実」

ビジネスにおける「誠実」の大切さは、多くの経営者らが指摘しています。

 

大事業というものは厳しい誠実さの上にだけ築かれるもので、それ以外の何も要求しな    

い。

 

こう言ったのは、一代で世界に名だたる鉄鋼会社を築いたアンドリュー・カーネギーです。

また、アメリカの投資家で世界有数の資産家であるウォーレン・バフェットはこう言っています。

 

私は人を雇う際、3つの条件で判断する。第一が人間としての誠実さ。第二が知性、そして第三が行動力だ。ただし、第一の条件が欠けると、他の2つはその人を滅ぼす凶器と化す。

 

「誠実」を重視するのはビジネスの世界だけではありません。

 

誠実でなければ、人を動かすことはできない。

 

これは第二次世界大戦中と戦後にイギリスの首相を務めたウインストン・チャーチルの言葉ですし、ノーベル文学賞を受賞したフランスの作家で批評家のアナトール・フランスは次の言葉を残しています。

 

すべての真の偉人の第一の美徳は、誠実であることだ。

 

「誠実」を生き方の大きな柱に据えていたのが、小説家で劇作家、画家でもあった武者小路実篤です。

 

才能で負けるのはまだ言い訳が立つ。

しかし、誠実さや勉強、熱心、精神力で負けるのは人間として恥のように思う。

他では負けても、せめて誠実さと精神力では負けたくないと思う。

 

こんな言葉に触れると、自分も負けていられないという気持ちにさせられます。

 

なぜ多くの人たちが、これほどまでに「誠実」の重要性に言及するのでしょうか。

私は、すべての営みは人間関係と切り離せず、「誠実」であることこそ、よりよい人間関係を築く最大の資質であるからだと思っています。

 

同時に、だれに対しても誠実に対応するということが、実はけっこう難しいことを示しているのではないかという気もします。

 

「半沢直樹」が教えるもの

TBSの日曜劇場「半沢直樹」が高い視聴率をキープしています。

このドラマ、日本人が好きな勧善懲悪がベースにあり、しかも、悪役が憎らしいほど誇張した悪役ぶりを示すため、その分、“倍返し”したときの爽快感が強まるようです。

 

ドラマに登場する悪役はいずれも、銀行の倫理や責務よりも自分の出世や利益を優先します。

裏切りやだましは当たり前。誠実とは真逆です。

 

そんな姿を見ていて、だれもが「それはしたらダメだろう」と思いますが、どこかに、そこまでひどくなくても、似たようなことをしてしまいそうな自分を見つけているのかもしれません。

人間は易きに流れやすく、どこかに逃げ道を求めがちなものですから。

 

誠実な人とはどんな人でしょうか。

 

まず嘘をつかないこと。

ただ、相手のことを思ってつく優しい嘘も現実にはありますから、厳密にいえば、相手に嫌な思いをさせるような嘘をつかないと言ったほうがいいかもしれません。

 

そして、私利私欲や損得勘定で物事を考えないこと。

もちろん、そういった物差しで人を測り評価するのも論外です。

求められるのは、相手のことを第一に考え、お客様の喜びが自分の喜びであると受け止めることでしょう。

 

さらに、自分に足りないものがあることを素直に受け入れ、常に向上心を持っていることや、責任感が強いことなども、誠実の要素に挙げられるでしょう。

 

時間や約束を守るのは言うまでもありません。

 

誠実であることは美徳です。

しかし、いつでもそれが相手に分かってもらえるとは限りません。

そんな時に忍び寄ってくるのが、「これぐらいなら」という心の緩みです。

接客においてその緩みが顔を覗かせば、お客様はたちまち離れていくでしょう。

 

ドイツの社会心理学・哲学の研究者であったエーリッヒ・フロムはこう言っています。

 

自分自身を信じている者だけが、他人に対して誠実になれる。

 

お客様の家族にまで心配りして、感謝される。

 

この着眼点こそが、自分自身に誇りを持ちながら仕事をしていくための肝ではないでしょうか。