専門コラム 第34話 にわかに盛り上がってきた「中小企業淘汰論」
「下町ロケット」は中小企業賛歌と言えるのか
池井戸潤の人気作「下町ロケット」はテレビドラマにもなりましたから、ご存知の方も多いでしょう。
宇宙科学開発機構の研究者だった佃航平が、父の跡を継いで下町の中小企業、佃製作所の2代目社長に就任し、社員とともに奮闘する姿を描いています。
そこでは、大企業の論理とのし上がろうとするエリート社員の傲岸不遜さに、時に打ちひしがれながら、それでも夢を追い求めて苦悩する様子がありありと描かれていました。
それだけに、特許訴訟を退けて、逆に巨額の賠償金を得、自社の先端バルブ技術の優秀性を大企業側に認めさせ、それを使ったロケットが無事宇宙に飛び立つ最終シーンに感激した方も多かったでしょう。
最後の大逆転は池井戸作品に共通するもので、読者はカタルシスを感じることで納得の読後感を得られます。
中小企業の賛歌とも言えますが、残念ながら、佃製作所のように大企業に先駆けて特許を取得するような高度な技術を持つ中小企業は少ないでしょう。
ほとんどの中小企業は、厳しい競争の中で生き延びることに四苦八苦していることと思います。
先日見たテレビでは、不動産会社社長の半生が紹介されていました。
トップセールスマンとして活躍していたこの社長は、バブル崩壊による会社の業績悪化とともに社内の雰囲気が極めて悪くなったのに嫌気がさして退職。
慕ってきた元部下とともに、兵庫県内で自ら不動産会社を開設します。
順調に伸びていく手ごたえを感じた矢先に襲ったのが阪神大震災でした。
所有物件の被害は甚大で、契約キャンセルが続出。
4億円の借金を抱えましたが、それでも立ち直って事業規模を拡大し、社員も10倍以上に増えたころに、今度はリーマン・ショックに見舞われます。
規模が大きいだけに負債額も75億円と膨大な額に膨れ上がりました。
個人資産はすべてつぎ込み、幼稚園教師をしていた娘の給料を頼りにして食を賄う生活。
給料も満足に支払えず、社員に毎月、「今月いくらあったらしのげる?」と尋ねて支給額を決めたそうです。
「通常通り」「10万円はほしい」という中に「ゼロでいいです」という社員もおり、「ゼロという社員ほど出来が良かった」と笑います。
倒産の瀬戸際に立たされてとった最終手段が社員からの借金。
毎月給料の希望額を聞いていたおかげで社員の懐具合がつかめていたので、この子にはいくらまでは頼めるだろうと算盤をはじいて、借金しまくったそうです。
そのおかげもあってこの危機も乗り越え、現在では悠々の会長暮らしをしています。
独立したときについてきた女性社員は「この人についていったら何とかなると思いました。
その後も信頼は揺るがなかったですね」と話していました。
情熱やバイタリティはもちろんですが、営業マンとしても欠かせない、人を引き付ける何かがあったのでしょう。
廃業の危機に直面する中小企業31万社
どんな会社にも浮沈はあり、経営努力で乗り越えられるとは限りません。
運も必要でしょう。
帝国データバンクが独自のデータを持つ全国140万社について分析して、日本の中小企業の概ね5分の1に当たる約31万社が1年以内に廃業する危機にあるという結果を発表しました。
「大廃業時代」の幕開けとまで言われる時代になってきたのです。
同社によると、事業者の休廃業・解散件数はここ10年間、概ね2万数千件で推移しています。
潰すに潰せない事情を抱えた会社もありますから、31万社のすべてが廃業するというわけではありませんが、特に後継者不在で事業承継をあきらめている経営者が多いのも事実です。
なかでも高齢の経営者ほど、その傾向は強いようです。
中小企業は淘汰されるべき存在なのか
そうした中小企業の厳しい現状もあってか、中小企業「不要論」「淘汰論」が最近話題になっています。
きっかけは、元ゴールドマン・サックスの日本アナリストで、現在は日本の国宝や重要文化財の修復に携わる小西美術工藝社社長を務めるデービッド・アトキンソンさんが9月に出版した「国運の分岐点」でしょう。
アトキンソンさんは日本での生活が30年に及び、バブル崩壊後に金融機関が抱えた巨額の不良債権の存在を指摘して、一躍注目されました。
データを重視して説得力の高い独自の主張を打ち出し、「新・観光立国論」や「日本再生は、生産性向上しかない」など意欲的な著書が注目されてきました。
「国運の分岐点」は副題に「中小企業改革で再び輝くか、中国の属国になるか」とあるように、日本の中小企業が潜在的に抱える問題点を、厳しく指摘したものです。
モノづくりを中心とした中小企業が日本経済を支えてきた日本の強みだというのが、従来の理解でした。
しかし、アトキンソンさんは「中小企業が日本の生産性を下げている。中小企業崇拝をやめるべきだ」と主張します。
日本では企業の99・7%が中小企業で、従業員総数の7割が中小企業に在籍しています。
企業規模が小さいほど労働生産性が低いのは当然で、勤勉で優秀と言われる日本の労働者が一生懸命働いても、全体の生産性アップにはつながりません。
アトキンソンさんは、日本が世界でも特異なほど中小企業の割合が高いのは、1964年に制定された「中小企業基本法」のせいだと指摘するのです。
この点が、多くの人の意表を突いたのでしょう。
新しい視点を提示されて戸惑う人も多かったと思います。
なぜなら、同法は「中小企業が国民経済に果している役割にかんがみ,中小企業の経済的,社会的制約による不利を是正し,中小企業者の創意工夫を尊重し,中小企業の成長をはかることを目的として」制定されたからです。
ところが、中小企業が競争社会において不利な状態に置かれているという前提からスタートしているために、金融や税制においてさまざまな優遇措置をとったことが中小企業をダメにしたと、アトキンソンさんは指摘するのです。
つまり、中小企業の経営者が「会社を大きくしよう、強くしよう」という気概を持たなくなったと言い、合併や経営統合で中小企業の数を減らすべきだと論じるのです。
これに対する反論も散見されますが、アトキンソンさんの主張を覆すほどの論理的、実証的なものはまだ出てきていないようです。
とはいえ、当事者にとってはまさに死活問題です。従業員と自分の生活のためにと、日々の資金繰りに追いまくられる経営者が多数存在することから目を背けるわけにはいきません。
中小企業の現場には生身の人間とその家族がいるのです。国が政策的により良い方向に導くことが求められます。
ただ、それを待っていても期待薄と思わざるを得ません。
であるなら、自助・共助しかありません。
同じ苦しみにあえぐ人たちが手を取り合うことで元気が湧いてくるでしょう。
的確なサポートをしてくれる人も周りにはいるはずです。
一人で悩まないことです。
私は、人とのふれあいや会話の中で、活路を見出すことができるのが「人間」だと信じます。