専門コラム 第131話 新しいテクニックやノウハウに出会ったら、まずやってみるべきこと
先週来、このコラムでは「営業とは人間の心の所業」とのテーマで記事を書き進めています。
なぜこういうことを急にいい出すようになったかですが、今年は年始からセールスレターをはじめ、幾分テクニック寄りの題材を扱ったからです。
その反動ということではありませんが、セールスレターというのはその性質上、意図的な操作によって、「顧客の心を動かす」的方向に文章も収まりがちです。
ただ人の心を動かすのは、営業マンの表面的なテクニックではありません。
今年はじめに扱ったアウディ世田谷のエース営業マンも、結果として「6 フレーム」のセールスレターが書けたのは、意識的にレターライティングのトレーニングをしたのではなく、「お客様のベネフィットを想い続け、手紙を書いていると、成績が上がり、自然と手紙の技術が身に付いた」から、つまり「人間の心の所業」したに過ぎません。
たぶん彼は、この先も「6 フレーム」のことは特に意識せず、顧客宛の手紙を書くことになるはずです。なぜなら「お客様のベネフィットを想い続け」る方法が、彼のこれまでの実績を支えてきたからです。
新しいテクニックやノウハウに出会ったら、まずやってみるべきこ
営業のテクニックで買う気のない商品を購入することはほとんどない
また同時に彼は、顧客は自分の書いたセールスレターに心動かされ、アウディの購入を決意されたとも夢にも思わないでしょう。
彼クラスの健全なエース営業のほぼ全員が「営業マンのテクニックごときで、顧客が買う気のない商品やサービスを購入することはほとんどない」と心得ているからです。
実はこの言葉、紹介営業の達人として有名な積水ハウス出身の田中敏則氏の有名な言葉です(田中氏については知っている方も多いのでは……)。
そういう意味で言うと、アウディ世田谷のエース営業マンが手紙を出す相手は、もう一押しすれば「成約する効能性の高いAランクの見込み客」だと言うことです。
──間違っても、アウディのクルマを対象外と捉えている方ではありません。──
そして田中氏はこうも言っています。
“仮に営業マンが「お客様を変えよう」と思えば、そこにはとてつもない労力、時間、値引きなどを含む金銭などのコストがかかることを覚悟しなければなりません。
意識すべきは、お客様を説き伏せたり、押し売りしたりすることではなく、自分の心のあり方です[1]”
つまりセールスレターが見込み客の心を巧みに操作したからではなく、これまでB、Cランクにいた見込み客をAランクまで無事ランクアップしたことで、ようやくトドメのセールスレターが出せたのです。
[1] 田中敏則;著『日本一住宅を売っている営業マンの営業の手帳』(あさ出版 2011/7/15)
営業マンと聞いて、人がまず思い浮かべるイメージとは?
ここで分かることは、営業マンにせよセールスレターにせよ、少なくとも顧客の心を 180 度変えるような「殺し文句」、或いは「決めゼリフ」など、はじめから存在しないと言うことです。
したがって、セールスレター上の技術として「6 フレーム」や「PASONAの法則」を使っても、その効力を過度に期待せず、「順調にランクアップが進んだ見込み客かどうか」をまず営業は冷静に判断することです。
この判断を誤ると、送ってはいけない相手に、セールスレター出す失態を演じてしまいます。
復習ではありませんが、セールスレターが出せる客とは、もう一押しすれば「成約する効能性の高いAランクの見込み客」です。
B、Cランクの見込み客に、ここで言っているセールスレターを送っても効果はありません。
逆にB、Cランクの見込み客に売ろうとするから、営業職という仕事は常にお客様に嫌われるのです。
このことについては、記事を改めることにしますが、上司もその点を明確に区別していないから、国を問わず営業マンと聞いて、人がまず思い浮かべるのは
- 押しつけがましい嫌なヤツ
- 人をいいように操るズルがしこい人間
- 態度が威圧的な人
- 自分の利益しか考えない人間
- 人を騙すことさえいとわない人間
などと、言われてしまうのです[1]。
[1] アダム・グラント著、楠木建 監訳『GIVE & TAKE: 「与える人」こそ成功する時代』(三笠書房 2014年1月25日)の5章中『トップ営業マンのすごい、「逆転の発想」』より抜粋(作家のダニエル・ピンクによる言葉)
テクニックやノウハウは仕組みを一度分解してみる
またテクニックやノウハウに出会ったら、どのような仕組みで作られたものか、一度分解してみると良いでしょう。
そうすることで、たとえテクニックやノウハウのことを知らなくても、自然とそれを使えるようになるものです。
たとえばセールスレターの「6 フレーム」だったら、書き手の視点の変化(「読み手視点」から「書き手視点」)が重要なファクターです。
つまり書き出しは控え目ですが、中盤の(3)の「動機や理由づけ(相手にとってどう役立つか説得する)」以降から、「書き手視点」にムードが変化していきます。
逆に「6 フレーム」のセールスレターでやってはいけないことは、視点の変化を逆にしてしまうこと。
単純なことですが、「6 フレーム」を知らない(またセールスレターの基本構造を知らない)多くの方がやってしまうのが、手紙のアタマから、書き手のペース全開でやってしまうことです。
ただこの点をしっかり押さえておけば、「お客様のベネフィットを想い続け」るだけで、立派でしかもまったくオリジナルなレターが書けるようになります。
また最近このコラムでもよく登場するオートクラインだったら、人は説得されることを嫌うことから、説得の要因を「自分の思考、自分との会話から生まれたもの」と考えれば良いわけです。
そこで注目されるのが、営業マンの「質問力」です。
ただ営業マンの繰り出す「質問力」って一体どんなものか、いまひとつ掴めない方が多いのではないでしょうか。
結論を言ってしまうと、大抵のお客様は要望の背後に、無数の情報、或いは動機などを持っています。
しかしその無数の情報や動機などに気付いているお客様は、自身の経験でもほぼ皆無と言っていいでしょう。
また、それを理解している営業も、実はきわめて少数なのです。
そのため、その領域に踏み込んで質問を繰り出すことが、優秀な営業とその他大勢を分ける差でもあります。
真の「質問力」とは、この差のことを言います。
相手は「自分で選んだ」という意識で納得感が生まれ、行動を起こしてくれるようになります。
最近上げたコラムでは、『GIVE & TAKE(後編)』のジョーンズ夫人と販売員のキルデアとの間で交わしたやり取りで、当日購入予定にないマルチフォーカルレンズを試す夫人が、結果的に約 7 万円もの新たな購入を決めたくだりが参考になるでしょう[1]。
このさりげない質問に、優秀な営業とその他大勢を分ける差が隠れています。
これでオートクラインや「質問力」についてまったく知らなくても、「相手にものを尋ね、その人とよく知り合うことで、ギバーは信頼関係を築き上げ……日々これをくり返しているうちに」どんどんセールスがうまくなっていきます。
今回は 2 例に絞って、テクニックやノウハウの仕組みを分解しましたが、いかがでしたでしょう。
それでは、皆さまの健闘を心よりお祈りしております。
[1] 本コラム記事『GIVE & TAKE: 「与える人」こそ成功する時代』から読み解く「パワーレス」営業のチカラ【後編】