専門コラム 第66話 人との結びつきが何より大切なあなたへ
「わらしべ長者」が教えるもの
昔、いくら働いても貧乏から抜け出せない青年がいました。
思い余って、観音様に願をかけたところ、「最初につかんだものを持って西へ旅をしなさい」とのお告げを受けます。
青年は、お寺の門を出たところで転んで、落ちていたわらしべを手にします――。
良く知られているおとぎ話「わらしべ長者」の出だしですね。
青年はこの後、顔の周りをうるさく飛び交うアブを捕まえてわらしべに結び付けます。
まもなく行き会った子どもがそれを欲しがったので、わらしべを譲って代わりにミカン3個をもらい受けます。
次に出会ったのは、のどの渇きに苦しんでいた商人。
青年はミカンを譲って、代わりに絹の反物を手に入れます。
次には反物を、侍が乗っていた弱った馬と交換。
一生懸命世話をして回復した馬に乗って旅をしていると、大きな屋敷に行き当たりました。
ちょうど旅に出ようとしていた屋敷の主人から留守番を頼まれ、3年たって帰ってこなかったら屋敷を自分のものにしていいと申し出られ、馬と交換。結局、主人は帰ってこず、青年は屋敷と土地を手に入れました。
地域によって少しストーリーが変わりますが、基本はわらしべ1本から長者になっていくというお話です。
観音信仰がテーマとされますが、別の見方もできます。
つまり、人と人との巡り合いという機縁です。
物語の流れをたどると、子ども、商人、侍、屋敷の主人との出会いはどれも必然であったように感じられます。
そういうストーリーなんだからと言えばそうですが、青年はそれぞれとの出会いをチャンスに変えていったわけです。
それも、相手を助けるという行動をとることによって。
そう考えると、観音様の教えは、人との出会い、結びつきを大切にしなさいということだったというようにも受け取れます。
仏教では次の言葉もよく知られています。
袖振り合うも他生の縁
「他生」は「多生」とも書かれますが、六道を輪廻して何度も生まれ変わるという意味です。
つまり、行きかった人と袖が触れ合う程度の淡いつながりも前世からの深いつながりによるものであるから、大切にしなさいという教えです。
人との結びつきを大切にするのは素晴らしいことです。
ただ、そうは言ってもすべての場面でそれを実践するのは、なかなか難しいものです。
自分を通すことと人から好かれることのバランスをどうとるか
人と付き合うのに秘訣があるとすれば、それはまず、こちらが相手を好きになってしまうことではないでしょうか。
これは作家で天台宗の尼僧、瀬戸内寂聴さんの言葉です。
人と人との関係とは合わせ鏡のようなものですから、こちらが相手に好意を抱いていれば、それが相手に伝わり、相手も心を開きやすいでしょう。
古代ギリシャの哲学者、アリストテレスもこう言っています。
垣根は相手がつくっているのではなく、自分がつくっている。
とはいえ、誰に対しても好きになることは、言うほど簡単なことではありません。
この人とは一緒にいるだけで疲れる、どうも性に合わずできるだけ顔も合わせたくないという人がいるのも事実でしょう。
性に合わない人たちと付き合ってこそ、うまくやっていくために自制しなければならないし、それを通して、我々の心の中にあるいろいろ違った側面が刺激されて発展し、完成する。
やがて、誰とぶつかってもびくともしないようになるわけだ。
ドイツの文豪、ゲーテの言葉です。困難が成長の糧になるのは確かなことでしょうが、日々の生活の中でここまで達観して嫌な人とも付き合っていけるほど、普通の人は我慢強くはないでしょう。
現実問題として、ある程度割り切らざるを得ないと思います。
まして、人との付き合いをうまくやろうとして、すべて相手に合わせようとするのは、こちらが疲れるだけです。
ただ、人のことを気にしていないと相手の気持ちは分からないものでしょうから、交流をまったくシャットアウトするのは、得策ではありません。
現実には、自分を通すことと人から気に入られることとのバランスということになってくるのかもしれません。
見下ろして生きるか見上げて生きるか
では、ビジネスの場合はどうでしょうか。
この人とは気が合わないから付き合いはやめた、というわけにはいかないでしょう。
多くの場合、特にお客様に対しては、自分を通すことよりも相手に気に入られる方を重視せざるを得ないと思います。
では、どのようにすれば、自分の中のバランスを崩さずにそれができるのか。
かつて読んだ本の中で、彫金家で文化勲章受章者の帖佐美行の次の言葉が目に留まりました。
自然にひれ伏さなければ、自然はその一番美しいところを見せてくれないといった人があったが、その通りだと思う。
物は見下ろすと欠点がよく見えるようだ。見上げるようにすると長所が見えてくる。
見下ろして生きるのは不平不満の生き方、見上げて生きるのは感謝の人生だと思う。
同じようなことを松下幸之助は、もっと即物的にこう言っています。
他人はすべて自分よりもアカンと思うよりも、他人は自分よりエライのだ、自分にないものを持っているのだと思う方が、結局はトクである。
損得だけで生きるのは世知辛いし、決して満足のできる人生は歩めないでしょう。
とはいえ、ビジネスから損得を排除することは非現実的です。
大切なのは、心から相手のことを考えたうえで、自分にとっても相手、お客様にとっても得になる方法を探っていくことではないでしょうか。
そうしたビジネスの進め方は、お客様の信頼を生みます。
アイルランド出身の宗教家で著述家であり、ポジティブシンキングを提唱したジョセフ・マーフィーにこんな言葉があります。
信頼とは信頼に値する材料があるからするというものではなく、まず先に信頼してしまうことなのです。信頼されると、人はそれに応えようとするものです。
先に紹介した寂聴さんの言葉に通じるものだと思います。結局は、まず自分の心を開いて相手に接するということが基本だという気がします。
最後に、イギリスの政治家、ジョン・オズボーンの言葉を紹介しましょう。
人の心はパラシュートのようなものだ。開かなければ使えない。
あなたも愛情をもってお客様と接し、何でも相談されるほど信頼されたくありませんか。