専門コラム 第58話 組織をまとめるリーダーの器のあるあなたへ
鍋奉行の良し悪し
みなさんの周りにも「鍋奉行」と自他ともに認める人が、一人や二人はいることでしょう。
具材を入れる順番やタイミングにこだわり、ちょうどいいあんばいに火が通ったところで「ゴーサイン」を出し、こまめに火加減を調節して煮えすぎを防いで、見た目のきれいさも保ってくれます。
「バーベキュー奉行」や「焼肉奉行」も同じです。
一度に網いっぱいに肉を並べるのではなく、人数分だけ網に乗せ、焼けるとそれぞれの取り皿によそってくれ、順次肉を追加で焼いていきます。
少し困るのは、奉行の好みで食べごろを判断することですが、それも、「自分はよく焼いたのが好み」と伝えておけば大丈夫でしょう。
演芸会で初めて文化勲章を受章した元人間国宝の落語家、故3代目桂米朝さんも「奉行」だったそうです。
大勢の弟子と焼肉を食べる時も、自分で焼いて、「熱いうちに食べんと」と勧めていったそうです。
こうした「奉行」は、いわゆるおせっかい焼きと言えるかもしれません。
任せて安心なおせっかいだったら何も文句はないのですが、ちょっと困る人もいます。
焼肉の例で言うなら、それぞれの好みも聞かず「レアに限る」と自分の好みを押し付ける人。
誰かが手伝おうとしても、一切拒否して触らせないくせに、後々、自分一人がみんなのために自己犠牲の精神を発揮したとばかりに言い募る人。
自分のやり方に従わない人がいると、途端に不機嫌になる人・・・。
もし、チームのリーダーがこうしたタイプのおせっかい焼きなら、下は困ったものです。
- ・自己中心的で独りよがり
- ・プライドが高く、自分の非を容易に認めない
- ・チームよりも自分のことを優先する
往々にして、こんな性質を持っているのですから、とてもリーダーにふさわしいとは言えません。
そんな人には、アメリカ建国の父の一人と称えられる政治家で避雷針などの発明でも知られるベンジャミン・フランクリンの次の言葉を贈りたいものです。
私が自分のために働いているときには、自分だけしか私のために働かなかった。しかし、私が人のために働くようになってからは、人も私のために働いてくれたものだ。
リーダーになる前となった後の違い
同僚や部下からいい上司と認められる人の中にも、何でもかんでも自分でやりたがる人がいます。
そこから脱却しないことには、残念ながらリーダーの器とは言えないでしょう。
なぜ、小さなタスクまで自分でやろうとするのでしょうか。
- ・自分でやるほうが早い
- ・任せて失敗したら、全体のスケジュールまで狂う
- ・部下を雑務から解放してやりたい
などの理由が考えられるでしょうか。
しかし、仮に部下のためと思ってやったとしても、決してそれはいいことではありません。
理由の一つは、部下の成長の芽を摘んでしまう恐れがあることです。
小さなタスクであっても、それが全体の中でどこに位置していて、そのタスクの持つ意味が分かるということが、部下を成長させ、仕事への納得感を得させることにつながります。
二つ目が、そのタスクを別の人がやることによってあらたなやり方が見つかるかもしれないのに、いつも自分でやると、その改革の芽を摘んでしまう恐れがあることです。
小さなタスクは外注したらいいという考えもあるかもしれませんが、外注するとこの二つのメリットもなくすことになりますから、慎重に考えるべきでしょう。
アメリカのゼネラル・エレクトリック社の元CEO、ジャック・ウェルチはこんな言葉を残しています。
リーダーになる前、成功とは自分自身を成長させることだった。リーダーになると、成功とは他人を成長させることになる。あなたの下で働く人たちを、それまで以上に賢く、大きく、大胆にさせることだ。
そして、三つ目の理由が何より大きいのですが、小さなタスクに時間と気持ちを費やすることによって、リーダーたるあなたが本来やるべきことへの意識と注力が減殺されるということです。
リーダーとして求められることは、大きな方向性を打ち出し、目標と紡ぎだすべき成果を明確にすることであり、それを実現するための人材の活用や、部下のやる気をかきたて、同じ方向に向かわせることです。場合によっては社内調整も必要になってくるでしょう。
上司がリーダーとしてしっかりとした道筋を示してくれることで、部下はファイトを掻き立て、安心してついてきてくれるのです。
その意味で、アメリカの作家で教育学者のウィリアム・ウォードの次の言葉は、気持ちを引き締めてくれます。
平凡な教師は言って聞かせる。
よい教師は解説する。
優れた教師はやってみせる。
しかし、最高の教師は子供の心に火をつける。
“思考のダウンロード”でお茶を濁すな
とはいえ、あなたにリーダーの器があると周囲が認め、自分でもそう思っているのなら、やはり自らの成長も目指し続けなければなりません。
それが部下を引き付ける力になるからです。
日清食品の創業者でチキンラーメンの開発者でもある安藤百福はこう言いました。
上に立つ者の姿勢が良ければ、下の者も自然にその姿勢を見習うだろう。厳しいだけではいけない。これからは社員の心をいやす経営も大事である。力で動かそうとするから人の心が離れていく。真のリーダーの資格は、人としての徳を持っているかどうかだ。
徳といえば、単純に人間性と考えるかもしれませんが、仕事においてはそれだけではありません。
どんな問題に対しても、あるいは部下からの質問に対しても論理的に答えを導き出して提示する力も求められます。
それと対照的なのが情緒的な言動です。
「問題意識を持て」とか「やる気を出せ」と言われても、部下は何をすればいいのか、その言葉からは見つけ出せません。
納得が得られないと部下はついてきません。
こうした言葉は、上司としての手抜きにほかならないと心得るべきでしょう。
また、どこかで聞きかじったり見つけたりした言葉や論理を、そのまま自分で考えたものであるかのように論じる人もいます。
名古屋大学の犬塚篤教授はこれを「思考のダウンロード」と呼び、自分の頭で考えることを放棄するものだと指摘します。
そして、ダウンロードした思考が多ければ多いほど整合性を欠くようになり、問い詰められると、筋道のついた反論も、的確な判断もできません。
リーダーの器がある人は、その器をできるだけ広げる努力をしましょう。
そうでないと、せっかくの能力が十分生かせず、もったいない限りです。
小さいタスクはどんどん周りに投げて、リーダーたるあなたが本来求められている課題に取り組み、大きな仕事を成し遂げませんか。