専門コラム 第20話 お客様と気持ちを通わせて気持ちよく仕事をする。
3種の貴族のたとえ
テレビのバラエティ番組で、仕事で成功して巨万の富を築き、豪壮な邸宅や何台もの高級車を所有して羽振りのいい生活を送る人をよく見かけます。
お金はあるに越したことはありませんから、そうした暮らしぶりに憧れる人もいるでしょう。
しかし、そんな成功者が手放しで称賛されるかというと、必ずしもそうではありません。
いかに自分が稼いだ金とはいえ、その野放図で傲慢な使い方に、むしろ反発や軽侮を覚える人も多いのではないでしょうか。
そこには品位や礼節、公徳心、あるいは弱者や貧困層に対する思いやりといった、人として尊敬されるに足る資質を見いだせないことが多いからです。
3種の貴族がある。1つは血統と位階の貴族、2つ目は財力の貴族、そして3つ目は精神的貴族である。
こう言ったのは19世紀のドイツの哲学者、ショーペンハウアーです。
その哲学は東洋哲学やインド仏教の思想も取り入れた唯心論が特徴です。
彼は3種の貴族のうち、精神的貴族が最も価値があると考えていたようです。
「学問を志したまえ。それは、精神の貴族にだけ許された、真理という名の絶対的平等が律する花園である」とも言っているからです。
ステイタスは社会的地位と訳されますが、ショーペンハウアーの言葉の「貴族」を「ステイタス」に置き換えたらどうでしょう。
今の時代、日本には貴族階級は存在しませんが、それでも家系的に一定の存在感を示す階層はいます。
ごく身近では2世代、3世代と続く世襲の国会議員などは、周りはともかく本人たちの中には、議員であることは血筋として当然と思っている人もいるのではないでしょうか。
また、一代で財を成したような起業家や実業家もそれなりのステイタスを得た存在でしょう。
しかし、健全な精神は、単にそうした外形的なステイタスを無条件で賛美するほど愚かではありません。
精神の高潔さや無私の心、世のため人のためが行動の基本になっているような人であってこそ尊敬され、憧れられる存在になるのではないでしょうか。
財力というステイタスの生かし方
マイクロソフトの共同創始者であるビル・ゲイツは、米誌が毎年選ぶ長者番付で十数回もトップに君臨した、自他ともに認める成功者です。
彼はある時から一線を退き、現在では妻とともにビル&メリンダ・ゲイツ財団の運営に全力を挙げています。
ゲイツ財団の主たる目的は、世界からの貧困の撲滅です。
ゲイツ夫妻は結婚前にアフリカを訪れて極度の貧困にあえぐ住民の姿を目の当たりにして話し合い、自分たちの財産をこの状況を解決するために使うことを決意したそうです。
そこに世界の大富豪の一人である投資家のウォーレン・バフェットが300億ドルもの株式を寄付して、現在では年間40億ドルを世界の保健衛生と開発支援などに拠出しているといいます。
こんな話をすると、有り余るお金があるからできることだと冷めた目で見る人もいるかもしれませんが、3種の貴族にたとえるなら、財力の貴族と精神的貴族は両立することができるのです。
先週の当コラムで「無財の七施」に触れましたが、これは財のない人でもお布施ができるということであって、財を使うことを否定しているわけではありません。
むしろ、最も尊いお布施である法施(ほうせ)、つまりお釈迦様の教えを分かりやすく伝え、その教えによって生きていくことに続く2番目に、お金や物を施し、相手を幸せにしてあげる財施(ざいせ)を挙げています。
古代ローマ帝国の盤石の礎を築いたユリウス・シーザーはこんな言葉を残しました。
恵まれた環境に生き、より高みの権威にある者は、より大きな責任と義務、そしてより制限された権利の中に生きなければならない定めがある。
ゲイツ夫妻もバフェットも、一つの権威を築いたことにより、より大きな責任と義務に目覚めたのではないでしょうか。
責任と義務の履行もまた、精神的貴族の一つの側面なのです。
礼儀正しさでステイタスをつかむ
ステイタスは、自ら得た地位や財力といった外形的なものだけではなく、むしろ精神的活動、人間の心に訴えかける言動によって得られるとしたら、私たち庶民やビジネスマンがステイタスを得る方法もおのずと見えてきます。
いかにすれば尊敬と信頼を得られるかを考えればいいのです。
もちろん、打算ではなく、自然な気持ちの在り方としてそうであるべきですが。
では、ビジネスの世界で尊敬と信頼を勝ち得るには何が必要か。独自の、しかも後ろ指を指されないやり方で優秀な成績を挙げることはその一つの道でしょう。
そんな存在であれば、周りからは間違いなく高く評価されます。
しかし、もっと簡単な方法があります。
最初に品位と礼節、公徳心、思いやりという言葉を挙げましたが、こうした内面を磨き上げることは、卓越した能力や技術の持ち主でなくても可能です。
特に、お客様に対しては品位を備えて礼儀正しく振舞うだけで、信頼は得られるでしょう。
ショーペンハウアーは礼儀についても言葉を残しています。
礼儀は賢いことであり、非礼は愚かなことだ。非礼を不必要に気ままに行うことによって敵をつくることは、わが家に放火するようなものだ。
また、イギリスの作家で、その著作が翻訳されて「西国立志編」として明治初めに日本で出版され、近代日本の形成に影響を与えたサミュエル・スマイルズもまた、礼儀の大切さをこう表しています。
不作法でがさつな態度は、人の心の扉にかんぬきをかけ心を閉ざさせてしまうが、親切でおだやかな態度、すなわち礼儀をわきまえた態度は、その扉を開く魔力を持っている。
生まれつきがさつで、どうすれば礼儀が身につくのかと悩んでいる人には、アメリカの作家で対人スキルをテーマにしたベストセラー「人を動かす」の著者、デール・カーネギーの次の言葉を贈りましょう。
次の六つの心得を守れば、礼儀正しさの習慣を身につけることができる。
- 相手の話には熱心に耳を傾ける。
- 相手の話に口をはさまない。
- 初対面の人の名前はすぐ覚えて、できるだけ使う。
- もし相手の言い分が間違っていても、そっけなくやりこめるのはよくない。
- 自分のほうが偉いといった態度を見せない。
- 自分の考えが間違っていれば、素直にあやまる。