専門コラム 第19話 独自性の強い商品開発に取り組み、お客様と世間を幸せにする。
「七施」で相手も自分も喜びを
仏教の「雑宝蔵経(ぞうほうぞうきょう)」という経典は、「無財の七施」を行うことで「大いなる果報を獲(え)る」と説いています。七施の「施」はお布施の「施」。
お布施とは、見返りを求めず喜んで施しをすることです。
つまり、財産のない人でも以下の七つの施しをすることができ、それをすれば自分も相手も幸せや安らぎを得られるというのです。
眼施(げんせ) やさしい眼差しで接する
和顔悦色施(わがんえつじきせ) にこやかな顔で接する
言辞施(ごんじせ) やさしい言葉で接する
身施(しんせ) 自分の体を使って奉仕する
心施(しんせ) 他人のために心を配る
床座施(しょうざせ) 席や場所を譲る
房舎施(ぼうじゃせ) 自分の家を提供する
仏教というのは、本当に懐が深く、どんな人にも救いの手を差し伸べているのですね。日常の暮らしの中で、七施の心をもって人に対すれば、確かに相手に喜びを与え、それは自分の喜びとして跳ね返ってくるでしょう。
ビジネスにおいても、たとえば営業現場では眼施や和顔悦色施、言辞施は役に立つのではないでしょうか。
というよりも、これらは対人関係の基本と言ってもいいかもしれません。身近な言葉に言い換えれば、人当たりの良さと言えるでしょう。
とはいえ、それだけでは十分ではありません。
ビジネスは弱肉強食の世界ですから、競合他社を凌いで、自社の製品、サービスに目を向けてもらわなくては話になりません。
そのための大きな武器になるのが、独自性の強い商品であり、サービスでしょう。
「類まれなるもの」はお客様からは生まれない
ホンダの創業者、本田宗一郎にこんな言葉あります。
大衆の知恵は決して創意などは持っていない。
大衆は作家ではなくて批評家なのである。
そして、フランスの詩人で、評論家や劇作家、映画監督などとしてさまざまな芸術分野で活躍したジャン・コクトーはこう言います。
批評家は常に比較する。
比較できないもの、つまり「類まれなるもの」はそこからすり抜ける。
2つの言葉を合わせると、とても示唆に富んでいると思いませんか。
「類まれなるもの」、すなわち極めて独自性が強く、大衆=消費者の意表を突くような新製品は、消費者の創造の範囲内にはないと言い切っているのと同じです。
営業で大切なのは、売りたいものを売ることではなく、お客様が欲しているもの、ときにはお客さまさえ気づいていない内面にある欲求に応えることだと言われ、当コラムでも、同じように指摘してきました。
決して間違いではありません。
ただ、圧倒的な勝利を収めるには、消費者の創造から飛躍しなければならないことは、GAFAと呼ばれる最先端巨大IT企業が提供する製品やサービスを見れば分かることです。
そこまでの大発明でなくても、お客様の意表を突ければその分、お客様の満足度は上がり、より喜んでもらえるでしょう。
発見・発明を邪魔する固定観念
独自性に富み多くの人に受け入れられる製品を生み出すためためには発想の転換が必要なのですが、それを邪魔しているのが固定観念であり先入観です。
元陸上選手で、世界陸上の400メートルハードルで2大会連続銅メダルを獲得した為末大はこう言っています。
思い込みは、あると気づいたときにはもう思い込んでおらず、思い込んでいる間はあることすら知らない。
つまり、人は常に何かを思い込んでいて、それに気づいていない。
誰もが固定観念や先入観から抜け出せないのです。
それは個人に限らず、組織であっても同じことです。
会議をしても、議論をうまくコントロールできなければ声の大きな人の意見が通ってしまいがちですが、それも発言者の思い込みが組織共通のものになってしまうという落とし穴でもあるのです。
お釈迦さまは、この点についても、次のように諭しています。
何かを聞いたからといって、すぐに信じることはやめなさい。
多くの人が話し、噂していることからといって、信じることはやめなさい。
あなたの信じる宗教の経典に書かれていたからといって、信じるのはやめなさい。
先生や年上の人など権力のある人が言ったからといって、信じるのはやめなさい。
長い間受け継がれてきたことだからといって、信じるのはやめなさい。
自分で分析し、あなたが同意した上ですべての人にとって良い影響をもたらすのなら、受け入れて尊敬しなさい。
以前にも触れましたが、ゴールを設定して最短距離でゴールインすることは素晴らしいことです。
しかし、回り道の効用というものも確かに存在します。
回り道をしたことによって新たな発見や発明が生まれた例は多々あります。
ただし、2つの点に気をつけるべきでしょう。
1つは、回り道をしながらも常にゴールを意識し続けること。
もう一つは、目指した結果でなくても、その結果が別の役に立つのではないかと考える柔軟性を持つことです。
さらに付け加えるならば、常に相手はお客様が喜ぶ姿をイメージすることも、新発見、新発明の大きな原動力になるでしょう。
単純に、力の入り具合が違ってくるからです。そして、1人のお客様を喜ばせたいと思って取り組んだ結果が、実は多くの人が望んでいたことである可能性もあるのです。
子どもや孫ができたとき、多くの親やおじいちゃん、おばあちゃんは何とかして喜ばせたい、笑顔を見たいと躍起になります。
そして赤ちゃんの笑顔は喜びとなって親たちに返ってきます。それを見ていた周りの人たちも思わず頬を緩めることでしょう。
ロシアの文豪、ドストエフスキーにこんな言葉があります。
それにしても、喜びと幸福はなんと人間を美しくするものか!
なんと心は愛に沸き立つものか!
「罪と罰」「カラマーゾフの兄弟」といった代表作が醸し出す暗いイメージからはかけ離れた言葉、表現に驚かされます。人を喜ばせることはたくさんの素晴らしいことを招くのです。