専門コラム 第1話 お客様の幸せを考えた仕事で感動を与える
悩みはすべて人間関係から生まれる
社会人なら自己啓発本の1冊ぐらいは読んだ人も多いのではないでしょうか。仕事で失敗したり行き詰ったりして自分に自信が持てなくなったとき、対人関係で傷つき悩んだときなど、何かの救いを求めて、そうした類の本に引き寄せられがちです。
書店にたくさん並ぶ自己啓発本の中に、「嫌われる勇気」という1冊があります。2013年に出版された新しい本で、これをもとにテレビドラマも作られましたから、名前だけは知っているという方もおられるでしょう。
本のサブタイトルには「自己啓発の源流『アドラー』の教え」とあります。アドラーとは20世紀初めに「アドラー心理学」を創設した心理学者のアルフレッド・アドラーのことです。フロイト、ユングと並んで心理学の三巨頭の一人にも数えられる人で、この本は、その教えを読みやすくまとめたものです。
アドラーの思想は、「すべての悩みの根源は人間関係にある」としています。そして、だれからも嫌われたくないから、自分がとても不自由になる。だから、「嫌われる勇気」を持たなければいけないというのです。もちろん、嫌われる人間になりなさいということではありません。100%の人から好かれることはないことを自覚しなさいということでしょう。
アドラーの思想に特に惹かれたのがまさに、周りの評価がいつも気になるという人たち、だれからも嫌われたくないという思いが強い人たちです。他人の評価というのは、対人関係の一つの核ですから、アドラーに惹かれるのも無理のないことかもしれません。
相手の評価の物差しを自分で決める
人は周りの評価を気にしがちです。そのくせ、人にどう見られているかを気にしすぎることはよくないことだと思っています。激励されたり指導を受けたりする際にも、「他人の評価など気にするな」と、よく言われます。アドラーもこう言っています。
他人の評価に左右されてはならない。ありのままの自分を受け止め、不完全さを認める勇気を持つことだ
いかにも自己啓発の警句らしい深みを持っています。でも、他人の評価を意識するのはそんなに悪いことでしょうか。誰だって高い評価を受けたら嫌なはずはありませんし、評価を期待することが仕事や勉強のモチベーションアップにつながるはずです。それに、評価されたいという気持ちをゼロにすることなど、まずできないのではありませんか?
他人の目や評価が気になるのは名誉欲や承認欲求のせいだと言われます。人から悪く言われたくない、ほめられたいとか、認めてほしいという思いです。欲や欲求というぐらいですから、人間だれしも持っているものです。
それが良くないと言われるのは、行動の基準が自分の意志ではなく他人の評価に左右される、他人の評価が自分に対する評価のすべてだと思って必要以上に落ち込んだり調子に乗ったりするからです。つまり、自分を見失ってしまうからです。
お釈迦さまも「真実の自己」を見出すことが大切だと言っています。
この本当の私の姿がわかれば、自分自身の本当の価値も分かり、他人の評価に必要以上に振り回されずに自信を持って生きていくことができる
でも、それが難しいから、人は自己啓発本や哲学、宗教に救いを求めるのでしょうね。 では、周りから評価されたいというある種の本能と、自分を見失わず納得と充実感のある幸せな人生をおくることは、どこで折り合いをつけたらいいのか。 それは、他人の評価の物差しを自分で決めることではないでしょうか。
お客様に感動を与えれば、おのずと評価が得られる
話をぐっと身近に引き寄せましょう。
仕事には必ずお客様がいます。お客様にモノを売って売り上げアップを果たせば仕事は完結するのでしょうか。現代は低欲望社会と呼ばれます。物質的な欲望は薄くなり、欲しいのはSNSを通じた、表面上だけでもいいから他人とのつながり。そんな時代にモノを売るのは大変なことです。数字だけを追いかけるようでは、その数字さえますます遠ざかっていくだけです。そこには我欲がにじみ出て、それは必ず相手に伝わるからです。
発想を変える必要があります。モノを売るのはお客様に喜んでもらうため、お客様の幸せに貢献するため。そう考えてみませんか? そのためには、お客様の気持ちを理解するとともに、商品自体がお客様の潜在的な願望を満たすものであることが必要ですが、そうした思いが前面に出れば、必ずお客様の心を動かし、お客様の評価が得られるでしょう。
つまり、自分の目的をお客様の喜びや感動にフォーカスすれば、お客様の評価の物差しもそこに置かれるようになるということです。加えて、お客様の評価だけにフォーカスすれば、あれこれと思い迷うことはなくなるはずです。
アドラーはこうも言っています。
どうしたらみんなを喜ばすことができるかを毎日考えるようにしなさい。そうすれば憂鬱な気持ちなど吹き飛んでしまいます。反対に自分のことばかり考えていたら、どんどん不幸になってしまいますよ
判断に迷ったら、より多くの人間に貢献できる方を選べばいい。自分よりも仲間たち、仲間たちよりも社会全体。この判断基準で大きく間違うことはまずないだろう
感動は自分も周囲も幸せにする
誕生日に「おめでとうメール」をもらったらうれしいですね。忘れていた結婚記念日に帰宅すると妻(夫)からのプレゼントがテーブルの上に置いてあったら、感動しない人はいないでしょう。 感動はいつのときでも、人を幸せにします。お客様に感動してもらえる仕事ができれば、お客様との間にいい人間関係が生まれ、お客様の幸せに貢献できるのです。お客様に喜んでもらおうと頑張る自分を嫌いになることもないでしょう。
アドラーに影響を受け、人間関係の秘訣をテーマに「成功哲学」を打ち立てたとして知られるデール・カーネギーは、次のような言葉を残しています。
他人からの評価を気にしないようにするためには、自分よりもはるかに大きな信念に身をゆだねることだ
感動こそ、「自分よりもはるかに大きな信念」にあたります。
その信念を持って仕事をしていると、その効果は自分だけにとどまりません。仕事がお客様にもたらした感動と幸福感は、周囲に伝播していくものなのです。お客様の家族はもちろん、自分の周りの人、あるいは会社の同僚に対してもです。いい仕事をすれば自分も幸せになり、周りも当然、そんな仕事がしたくなるのですから。
自分が変わると、相手も周りも変わっていくのです。
だれからも評価されたいと思うなら、むしろ一人のお客様にフォーカスしてください。そして、自分にいつもこう問いかけてください。
あなたは、人の気持ちを理解して、お客様を感動させる仕事をしたくありませんか?